追悼 ホイットニー・ヒューストン
2012.2.14
2月11日に、80年代にデビューして大活躍した
ホイットニー・ヒューストンが亡くなった。
昨日は、ラジオでもテレビでもその報道がされていた。
ラジオのDJの女性は、「マイケル・ジャクソンが亡くなったときみたいにショック」
と言っていた。あの時期、洋楽をたくさん聴いていた人たちにとっては、そうだろう。
私なんかまさにそうで、彼女が鮮烈なデビューをしたときから、好きだった。
10代の、将来も、そのときも、ちっともいいことなんかない、
という気分に囚われていた時代、支えてくれたのは洋楽と友達で、
洋楽は、たくさん好きだったけれど、
中でも、ホイットニー・ヒューストンの、
”Greatest Love of All"は、歌詞を暗記するぐらい好きだった。
一生懸命口ずさんで、毎日を乗り切っていた。
追悼するラジオのコーナーからこの曲が流れてきたとき、
懐かしさと同時に、「本人は、どうだったんだろう」と思った。
人にすばらしい贈り物を与える表現者は、自分はそれを手にしていないことがある。
考えてみれば、ホイットニーが私たちに与えてくれたものは、
どの曲も、どの曲も、もしかすると、彼女自身が必要としていながら
手に入らなかったものなのかもしれない。
「つるの恩返し」みたいだなあ。
私たちは、身を削って生まれたものに感動し、力をもらうのかもしれない。
2月11日に、80年代にデビューして大活躍した
ホイットニー・ヒューストンが亡くなった。
昨日は、ラジオでもテレビでもその報道がされていた。
ラジオのDJの女性は、「マイケル・ジャクソンが亡くなったときみたいにショック」
と言っていた。あの時期、洋楽をたくさん聴いていた人たちにとっては、そうだろう。
私なんかまさにそうで、彼女が鮮烈なデビューをしたときから、好きだった。
10代の、将来も、そのときも、ちっともいいことなんかない、
という気分に囚われていた時代、支えてくれたのは洋楽と友達で、
洋楽は、たくさん好きだったけれど、
中でも、ホイットニー・ヒューストンの、
”Greatest Love of All"は、歌詞を暗記するぐらい好きだった。
一生懸命口ずさんで、毎日を乗り切っていた。
追悼するラジオのコーナーからこの曲が流れてきたとき、
懐かしさと同時に、「本人は、どうだったんだろう」と思った。
人にすばらしい贈り物を与える表現者は、自分はそれを手にしていないことがある。
考えてみれば、ホイットニーが私たちに与えてくれたものは、
どの曲も、どの曲も、もしかすると、彼女自身が必要としていながら
手に入らなかったものなのかもしれない。
「つるの恩返し」みたいだなあ。
私たちは、身を削って生まれたものに感動し、力をもらうのかもしれない。







